象嵌(ぞうがん)とは、ある素材に別の素材を嵌(は)めこんで絵や模様を描く工芸技法のことです。「象」は「かたどる」という意味で、動物のゾウは関係ありません。材質や組み合わせ方によってさまざまな種類があり、世界中に広く見られる装飾技法です。金属ないし木材に別の金属をはめ込んだ装飾品が一般的ですが、近年ではお墓に象嵌加工を施す事例が増えています。そこで、象嵌技術の基礎知識と、墓石への応用について解説します。
象嵌の歴史
象嵌の歴史は古く、ヨーロッパからは紀元前1600年ごろに作られた青銅と金の象嵌細工の天文盤が発見されています。
日本にはシルクロード交易を通じて奈良時代に伝えられたと考えられています。奈良東大寺の正倉院には木象嵌の琵琶や双六台などが収められていますが、その後いったん象嵌の技術は廃れてしまいました。
しかし、戦国時代後期にポルトガルから西洋の象嵌技術が新しく伝えられ、江戸時代に京都を中心に再び象嵌が発展します。幕末から明治になると、今度は日本の象嵌細工がヨーロッパ人の目にとまり、広く輸出されるようになりました。
ちなみに、象嵌と似た工芸技術に螺鈿(らでん)と蒔絵(まきえ)があります。どちらも日本での起源は象嵌と同じく奈良時代とされていますが、螺鈿は紋様を描くのに貝殻を、蒔絵は金銀粉を使用します。また、箱根の伝統工芸として知られる寄木細工も、木材同士をはめ合わせる象嵌の一種です。
象嵌のお墓への応用
象嵌はもともと木材や金属を下地とするものです。陶磁器に施す陶象嵌という技法もありますが、伝統的に石材に用いられることはありませんでした。
しかし近年、お墓のあり方やデザインに多様性が生じたことで、墓石に別の石材をはめ込んで模様をつける象嵌加工が開発されました。色の異なる石材を組み合わせることで、単に墓石を彫りこむだけでは生み出せなかったカラフルなデザインが可能になったのです。
とはいえ、象嵌はただでさえ高度な技術を必要とするものです。金属よりも柔軟性に乏しい石材同士を、ピッタリはめ入れるのは簡単なことではありません。どの石材店でも可能というわけではなく、熟練の技と優れたデザイン感覚をもった業者でなければ、完成度の高い仕上がりは望めないでしょう。
墓石の象嵌加工のメリット
お墓を象嵌加工にすることの一番の特長は、色落ちしない点にあります。墓石は基本的に野外に置かれるものなので、石の上に色を塗ると、どうしても風雨にさらされて時とともに色が褪せていってしまいます。
ですが、石に石をはめ込む象嵌であれば、水や空気に触れて色が落ちたり変化したりするということはありません。
また表面に傷がつくようなことがあっても、はめた石が剥がれ落ちない限り、絵はそのまま残ります。
また、本来の金属象嵌と同じく加工面が平らに仕上がるので、手入れが容易なのも利点です。石を彫りこんだ場合、そこに砂や枯れ葉などが溜まりやすくなります。お墓参りのたびに砂を掻き出すのが大変という経験をした人は少なくないでしょう。ですが象嵌であれば、表面の汚れをサッとひと拭きすれば、また絵柄が鮮やかに浮かび上がります。
お墓の象嵌加工の手順
では、墓石にどうやって別の石をはめていくのでしょうか?
デザインを決める
象嵌加工の工程では、まずは施す象嵌のデザインを紙に起こします。デザインに関する決まりはなく、絵だけでなく文字をはめ込むことも可能です。ただ、せっかくの世界にひとつしかない墓石ですから、文字よりも絵にこだわったほうが印象的です。また下地となる墓石についても、決まりはありませんが、はめ込んだ絵がより映えて見えることから黒の御影石が好まれています。
石の彫りこみ
墓石にデザインをトレースしたら、はめ入れる部分を彫りこんでいきます。ここで失敗すると、デザインの変更を余儀なくされるので、作業は慎重を要します。
続いて、はめ込むほうの石材をかたどり、削っていきます。こちらも細かい石材をうまく組み合わさるよう少しずつ削っていくため、時間のかかる繊細な工程です。
はめ込み
双方の石材が整ったら、いよいよはめ込んでいきます。本来の金属象嵌の場合は、埋め込んだ後に上からたたくことで金属が下地の内部で打ち広がり、しっかり食い込んで外れないようになります。ですが、打ちたたいても伸びることのない石材では、象嵌のこの点だけはそのまま転用することができません。そこで、石材用ボンドを使ってピッタリと接着させます。最終的に表面を研磨して接合部分もフラットに仕上げるので、よほどのことがない限りは、接着部分に力が加わって剥がれてしまうということはありません。
花や動物などデザインによっては、磨いた後に象嵌した石に薄く彫りを入れて、立体感や瑞々しさを出すこともできます。
こうして、世界にひとつしかないオリジナルの象嵌加工墓石ができあがります。
まとめ
好きなものを色鮮やかな絵として墓石に表現できる象嵌は、お墓に個性や自分らしさを出したい方にとくにおすすめです。最近は平面だけでなく、曲面にも象嵌加工を施すことができるようになっています。
とはいえ、象嵌加工に対応できる石材業者は、まだ多いとはいえません。ご希望の方はご予算の相談も含め、ぜひお気軽にお問い合わせください。