17世紀から19世紀の古都 ウドン山のお寺(カンボジア)

アジアの寺院を紹介する「アジアの聖地から」第34回は300人もの尼僧が修行に励むウドン山のお寺

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17世紀から19世紀に栄えた都

カンボジアの都と言えば現在のプノンペン、そして世界遺産アンコール・ワットを建造したクメール王朝は世界的に有名ですが、首都プノンペンから約40㎞先にもウドン(Oudong)という古都があります。

17世紀から19世紀まで約250年間は、この小高い丘に都があったのです。

山頂には三つの塔がそびえ立ち、これは異なる時代の王が建立した仏塔。遠くからでも見えるウドンのシンボルです。

ウドンのシンボル、三つの仏塔

最盛期には100以上もの寺院が建立されていましたが、ポルポト時代の内戦によってその多くは崩壊されてしまいました。しかしそこに残る仏教遺跡群は、ユネスコの暫定リストにも載っているほどの貴重な世界的な遺産なのです。

遙かに山頂を見上げる平地の中心には、カンボジアの人々が“ウドン山のお寺”と呼ぶ大きな本堂があります。それは空と雲以外は何も見えない空間に、金色に輝く要塞のようでした。

この本堂の周辺にはいくつかの礼拝堂や涅槃像もあり、この辺りだけでも十分な観光を楽しむことができます。

何もない空間にそびえ立つ要塞のような本堂

300人の尼僧が修行するお寺

境内を散策していると、あちこちから出てくる作務衣を着た尼僧さん。歩いていたり、手を合わせていたり、楽しそうに談笑している方々。年齢は40代くらいから、杖を突いている方は70代くらいでしょう。この尼僧さんたちが次々に、あまりにもたくさん出てくるので驚いてしまいました。

次々と出てくる年齢も様々な尼僧さん

このウドンのお寺は古都というだけでなく、尼僧が多いことでも知られているのです。

この尼僧の多さについて、現在このお寺で二番目の地位というサルーさんにお伺いしました。

お寺の歴史を教えてくれたサルーさん

現在だいたい300人くらいの尼僧がいます。

このお寺を創設した僧侶は、カンボジアの全土で布教をしました。そこでその説法を聞いた女性がもっと仏教を勉強したいと、このお寺に来るようになったのです。そうした弟子入りを希望する女性が次々に増えたことから、尼僧用の寮も建てて、更に尼僧が増えていったのです。

今やカンボジアだけでなく、中国、韓国、そしてオーストラリアやアメリカの女性も尼僧となり、ここで学んでいます。その期間は最短で一週間、次に三か月、半年、いちばん長い人で四年間住んでいる女性もいますよ。そしてここで仏教を学んで、各地に帰って布教活動をするのです。

尼僧さんのお昼ごはん

300人の尼僧さんだけでなく、男性のお坊さんも100人くらいいますので、総勢400人の方が暮らすには、さぞかしお金もかかることでしょう。

電気代だけで毎月1,000$は超えますので、今は自家発電もして節約してます。そしていちばん大変なのは食費ですが、近所の方や信者さんたちが、代わるがわる用意してくれるので本当に助かっています。

300人の尼僧さんが一斉にお給仕を受ける姿

ちょうどお昼時。ぞろぞろと出てくる300名の尼僧さんがお給仕を受ける姿は圧巻の光景です。

尼僧さんたちがどんなご飯を食べるのか、ちょっと見せて頂きました。

お米の上にさつま芋、魚と野菜のスープ、ブロッコリーの炒めものに、タッパに入っているのは牛乳でしょう。女性のお昼にしては結構な量があるかとも思いましたが、皆さん修行中。食事を採れるのは朝と昼の二食だけ。夜はお茶だけですかから、お昼はこれくらいの量は食べておきたいですね。

昼食は中々の量ですが、夜ご飯はありません

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アジアの聖地から お墓コラム
この記事を書いた人
齋藤 浩司

齋藤浩司(株式会社B-WAYグループ 代表取締役)
互助会から葬儀社を経て2001年同社創業。2002年に葬送支援NPO法人を創設。2010年には宗教法人を新規認証。CSR活動として、2007年お寺で余ったお供え物を困窮世帯へ届けるフードバンクを設立。2013年からは東南アジアの貧しい子ども達への生活・教育支援を開始し、現在はカンボジアのスラムで孤児院と幼稚園を運営。活動時に各国の聖地を訪れ、宗教家や現地の人々から文化を学んでいる。東京都新宿区出身。

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