石屋魂を見せろ!あの地震から始まった奮闘【庄子石材店の挑戦】

本記事は、鎌倉新書が発行する供養業界のビジネス情報誌「月刊『仏事』2015年2月号」の記事を再編集したものです。

宮城県仙台市若林区に活動拠点があった、「庄子石材店」。

明治37年に創業。それ以来、地域密着型の老舗石材店として、長年墓石事業に関わってきました。

しかし、平成23年3月11日、東日本大震災の津波はすべてを飲み込み、「庄子石材店」も例外無く甚大な被害を受けたのです。

 

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震災により現場施行用の各種資材や機材、車両、墓石製品など、すべてを流されてしまった庄子石材店。

当時自分達の力だけでは事業を再開できませんでした。

 

他県の石材店から機材等の貸し出しを受けるなど、援助の手を差し伸べられ、ようやく活動を再開することができました。

復旧作業に全力を注ぎ、落ち着きを取り戻すまで、2年を費やしました。

 

想像を絶する困難の日々。命の重さをまざまざと見せつけられる現実。

社長の庄子直樹さんは、「今だからこそ」できることがあると、不屈の闘志を燃やしていました。

 

実は、多くの尊い命が失われた悲劇は、庄子さんの身近にも起こっていました。

従業員3名が犠牲になっていたのです。

 

庄子さんは、亡くなった従業員のため、そして家族のためにも、彼らが働いていたこのお店を「誇りを持てるほどの素晴らしいお店」にしようと静かに決意していました。

 

庄子石材店は東日本大震が起こる前から、地震対策を強化してきました。

具体的には、墓石には4本ピン、法名碑には2本ピン、外柵コーナーにはL字金具を付けるなど、補強の大切さを呼びかけ、地道に無料補強を続けた結果、今回の地震だけで、倒れた墓石は無かったのです。

 

今でも多くのお墓の再建ができていない現状があります。

お墓がお墓として機能せず、危険な物体と化してしまっているものがたくさん残っています。

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努力の甲斐あって、簡易的な作業は終わりましたが、復旧・復興はまだまだ始まったばかり。

石屋には石屋の役割があり、「お墓を建てることにより、将来への希望を見出す手伝いをすること」。

 

庄子さんは直す墓石の分だけ一里塚があると考え、夢と希望を忘れず歩いて行きたいと自らを奮い立たせています。

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月刊『仏事』2015年2月号より)

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