苗字だけでいいものか? お墓に刻まれた文字と家族

皆さんは、お墓参りする時、どのようなことを考えるでしょうか? お墓に着くまでは、今は亡きその方と自分の思い出や出来事を思い出し、切なくなったり感慨深くなったりするでしょう。

お墓に供える物を揃え、お花を買ってお墓に着くと、まるで故人がそこにいるかのように思えてきてしまう。そして生前の頃のように話しかけてしまう。こういった方も多いのではないのでしょうか。

 

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お墓に刻まれる文字は故人の人生の集大成であるべき?

お墓は家族と故人を繋ぐ大切な場所です。しかし、建つ墓石に書かれているのは、ほとんどの場合がシンプルに、「~家」や、個人の名前のみ、という場合が多いでしょう。今はいなくても、生前にたくさんの言葉を残していたでしょうし、家族の中には、忘れられない言葉をもらったという人も少なくないでしょう。

もっと墓石にもその片鱗が刻まれるべきとの意見を持つ人もいます。言葉は命と違って終わりを迎えることはありませんから、いつまでも生きている人達に寄り添うことができます。

墓石に刻まれた言葉が、故人の人生の集大成であり、遺言であり、残された家族への短い手紙であっても良いのではないのでしょうか。

 

お墓を建てるのは何のため?

そもそもお墓は、何故建てるのでしょうか。遺骨を納めるためと言ってしまえばそれまでかもしれませんが、ここでもう少し、精神的な部分に関する役割を考えてみましょう。

お墓を考えることは、死と向き合うことと同じです。そしてそれは、生と向き合うことに繋がっていきます。

生きているうちは家で暮らし、亡くなれば墓で永遠に眠る。そこに家族や親戚、親交の深かった人達が訪れる。故人の思い出話に花を咲かせる。そして彼らは明日からも生きていく。こういった循環が考えられるのですから、お墓は決別の役割を持つとは考えられません。

では、何かというと、「死を終わらせて決着をつけること」のためではないでしょうか。

おそらく、本人以上に、家族達は心の整理が必要になるはずです。それを、お墓を建てるという形で「演出」し、亡くなった方に関わった全員の心に、ひとまず幕を下ろす。故人に会えない悲しみに打ちひしがれる人もいるかもしれません。

そのような人を救い、励まし、光を見出す。そんな言葉を墓石に刻むことが、慣習になる日も、そう遠くないかもしれません。

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